人は外に対して身体を使うことに慣れているので、外からの力に対しては感覚が鋭いのですが、自分の身体の内の力がどのようになっているか意識することが難しいのです。
身体の力を抜けと言っても無意識に体を固めるためにどこかに力が入っています。力が入っていると注意すると、初心者は「力を抜いているつもりなんですが。」と不服そうな顔をします。
力がどこかに入っていると、相手も同じ部分に対応して力が入ります。こちらの力が抜けて技がかかると相手は膝から崩れます。それが太ももに力みが残っていると、相手の太ももに力が入り崩れません。それはお尻であっても同じです。
下丹田に意識を集中することは非常に大事です。意外な盲点は、下丹田を意識しているときに下丹田に力が入っているときがあります。「こんなに下丹田を意識しているのに。」と思えば思うほど、下丹田に力がこもり、相手の下丹田に力が入り崩れにくくなります。
真面目に取り組む人が習得に苦労することがありますが、まじめに取り組むほど身体のどこかに力みが残るからと思います。格闘技経験者は特に強い攻撃や強固な防御に体が慣れているため身体が無意識に緊張状態を持続します。衝撃から身体を守るために本能的に体を固めます。このために経験者ほど武術モードの身体にするために時間がかかる場合があります。武術に調和が必要だというのは身体から緊張、力を抜くためとも言えます。舞が威力を発揮するのも余分な力みがないせいだと思います。
道場生の一部は不真面目だと思うのか不満顔をしますが、沖縄踊りの真似をして静々と踊りながら相手に近づき触れて相手を崩す稽古をします。急に崩しができるようになります。
ときには子供同士がお互いにはしゃぎながら遊び合うときのように、「わーい、わい」と内心声を出して楽しんでいるように技をかけていきます。相手の攻撃も遊びでじゃれていると感じることができます。自然に笑い顔となり、今まで崩せずに苦労していたことが嘘のようにかかります。喜びの身体からは緊張がなく力が全身から抜けるからだと思います。
調和の気持ちも受け入れの心身の姿勢も自然と余分な緊張を抜くことができますね。