ある人にとっては比較的容易にできて、ある人にとっては非常に難しくてできないで苦しむことがあります。
力を抜くことです。これが出来なければ何も始まらない武術の基本中の基本です。
相手を崩すためには力を抜くことが不可欠ですが、以前述べたように力で固めることは自分を防御する本能なので、それに捨て去ることは難しいのです。
一生懸命力を抜く努力をします。最初は身体が言うことを聞きません。どこかに力が入っています。腕であったり、肩であったり、お尻であったり、太ももであったり、足首であったりします。
特に肘から力を抜くのは非常に難しいのです。力が入っていることを意識できないからです。
繰り返し「力を抜きなさい。」と言われるので、「自分は力を抜いているつもりです!」と反論する人もいます。
力を抜くことで初めてできる技の一つを取り上げましょう。
立っている相手に右腕をL字型に固めてもらいます。脇を絞めて、前腕を水平に保ってもらいます。
こちらも同じように右腕を固めて、尺骨側で相手の前腕を上から下に押します。
これで相手が膝から崩れれば成功です。
力を使っては相手は崩れません。体重をかけても崩れません。まっすぐ立っている相手の姿勢は崩れません。
身体の力を抜かないと決してうまくいかない技です。
それでも一生懸命力を抜く努力をしていると、ある時相手が突然崩れるときが来ます。「あれ!」「この抵抗感の無さは!」と驚きます。相手がわざと倒れてくれたのではないかと疑うくらい軽く崩れます。喜びの一瞬です。
これが経験できれば、最初の大きな前進です。
女性は筋力があまりないので、比較的簡単に最初の壁を越えます。
なかにはその壁がなかなか越えられない人がまれにいます。
力を入れるから相手は崩れると心の底から思い込んでいるのと身体もがちがちに固まっていて力が入っていることが常態になっている人です。その人に「力を抜け。」と言っても抜けません。力を抜く意味が心身ともども理解できないのです。ゆるぎない固さが自分の強さと確信しているようにも見えます。
「今の身体でなぜ悪いのか?」 「変化する必要性を全く理解できない。」との陰の声が聞こえるようです。
でも、それをほっておくわけにはいきません。変わるために入門してくれているのです。
力を抜くために逆療法を取り入れます。
力を抜けない人に両構えをしてもらいます。その手首を別の道場生に支えてもらいます。
この状態ですでに力が入っていますが、順次身体の部分に力を思い切り入れてもらいます。同時に力を入れる箇所を言葉にします。「手首に力を入れる。」「腕に力を入れる。」「肩に力を入れる。」「背中に力を入れる。」「お腹に力を入れる。」「腰に力を・・」「お尻に力を・・」「太ももに力を・・」「膝に・・・」「足首に・・」。
全力で身体の各部を順次固めていきます。
もちろん力では支えている相手はびくともしません。
今度はそのまま逆に言葉とともに力を抜いていきます。
「手首から力を抜きます。」「腕から力を抜きます。」「肩から・・・」「背中から・・・」「腹から・・・」「腰から・・・」「お尻から…」「太ももから…」「膝から・・・」「足首から・・・」
力を抜いていく途中で支えている人は相手の重さが自分に伝わるのを感じて崩れ始めます。膝が曲がり始めます。お尻の力を抜くころには重さに耐えかねて膝が折れて全身が崩れます。
身体の力を抜くことで、重量が押さえている相手に伝わっていくのです。
何度かこの稽古繰り返すことによって、瞬時に体全体の力を抜くことができるようになります。相手は一気に崩れます。
最初の大きな壁が崩れます。
ここからが武術のスタートです。
ここで述べた方法は、いわゆる成功体験を得てもらうための方便で、本質的な稽古ではありません。本質的な稽古はサンチンなどの型稽古をひたすら続けていくことです。